Research

ゲノム解析とデジタル技術(データサイエンスや機械学習など)の進歩により, 生命は「読み解く」だけの対象から「設計して確かめる」対象へと変わりつつあります. 私たちは, 膨大な配列データを手がかりに機能を予測し, DNAやタンパク質といった生命の部品を計画的に組み立てることで, 「生命の本質とは何か」「生きているとはどういうことか」「機能はどのように生まれるのか」といった根源的な問いに対して, デザイン, 合成し, 評価することで検証するという方法で迫っています. こうした枠組みで生命の仕組みをデザインし, 新しい機能を創り出す学問が合成生物学です. 合成生物学は, まずこの基礎的探究を通じて原理の理解を深め, そこから持続可能性や医療・エネルギー分野などへの応用へと自然に接続していく学問でもあります.

私たちの研究室では, 合成生物学を基盤に生命システムの設計・創出・制御を一体的に進めています. 特にプロモーター, リボソーム結合部位(RBS), タンパク質コード配列(CDS), ターミネーターといった生命の構成部品を設計し, 人工合成した遺伝子断片を長鎖DNAへとアセンブリすることで、人工遺伝子回路を開発します. 人工遺伝子回路とは, 環境や代謝状態を検知するセンサー, 情報を処理するロジック, 目的の発現・分泌・代謝を駆動するアクチュエータから成る仕組みで, 微生物の増殖や代謝フラックス, 物質分泌を狙いどおりに操るための設計図となります. これらの回路はゲノムへの統合や複数座位(多座位)への導入によってコピー数のゆらぎやプラスミド喪失の影響を抑え, 連続・長期培養でも一貫して動作するよう長期安定化しています. さらに, 既存のモデル生物にとどまらず非モデル微生物のシャーシ化へと展開し, 宿主に適合した制御素子の探索・設計も進めています. その際に不可欠となる分子クローニング法や遺伝子発現制御などのツールについても, 自ら設計・実装し, 設計—構築—評価—学習(Design–Build–Test–Learn, DBTL)のサイクルを速く、正確に回すための基盤を整えています.

こうしたアプローチにより、まずは生命システムを意図どおりに制御できることを実証すると同時に、設計がなぜ正しく機能するのか, または正しく機能しないのかを明らかにする作動原理(設計則)の抽出を進め, 基礎と応用を往復しながら合成生物学の設計可能性を拡張しています. 私たちは, 設計の意図が再現よく結果に現れることを大切にし, 得られた知見を社会に資する確かな技術へと磨き上げています.


Gene Synthesis for difficult-to-synthesize DNA Sequences -難合成DNA配列でも合成可能な人工遺伝子合成技術-

DNAは4種類の塩基(A, T, G, C)から成り, 配列の設計によってプロモーター, リボソーム結合部位(RBS), タンパク質コード配列(CDS), ターミネーターといった「生命の部品」を作り分けることができます. 近年は合成生物学の進展により, 所望の配列を指定して「オーダーメイド」に合成する人工遺伝子合成技術が実用段階に入っています. 一方で, GC含量が極端に高い・低い領域, 長い反復配列, ヘアピン構造を生じやすい配列などは, 既存の受託合成サービスでも失敗や遅延が生じやすい「難合成配列」です. これらは設計の自由度を制限し, 人工遺伝子回路や代謝経路の最適化を試みるうえで大きなボトルネックになってきました.

私たちの研究室では、プライマーエクステンションPCR法やオーバーラップエクステンションPCR法を改良し, 多段階連続アニーリング(温度を段階的に遷移させながら正しいハイブリダイゼーションを促すプロファイル)を組み込んだ独自条件を確立しました. これにより, これまで合成が難しかったDNA配列でも, 設計通りの配列を高い再現性で合成できるようになりました. 得られた断片はシーケンスで検証し, 長鎖DNAへ段階的にアセンブリして人工遺伝子回路や代謝経路設計に活用します. 本技術は神戸市の遺伝子治療サービス企業、株式会社シンプロジェンに技術移転されており, 新薬開発, 再生医療, 高機能酵素の創出など, 幅広い応用が期待されています. 従来は不可能とされた配列まで設計空間を広げられることは, 合成生物学のDBTLを加速し, 研究と実装の両面で前進をもたらします.

Research Results

  1. 高橋俊介ら, 特開2023-60013
  2. Tsuge K, Takahashi S, Kondo A. Method for synthesizing double-stranded dna. US20190345527A1

Press Release 

  1. 長鎖/難合成性のDNAに対応する遺伝子合成受託サービス
  2. 新規DNA合成技術を開発、神戸大学発ベンチャーに実施許諾
  3. 短時間で長鎖DNA合成が可能な新規技術を開発、「スマートセル」インダストリー創出促進に期待

Pharmaceutical Production by Microorganisms - 微生物による植物由来医薬品生産 -

医薬品原料の多くは化学合成で大量生産されていますが, 分子構造が複雑な植物由来成分については, 今も大規模な栽培と抽出に依存するケースが少なくありません. 植物の生育には時間と手間がかかり, 収量は気候に左右されます. さらに, 溶媒使用や輸送を含む環境負荷, 抽出効率や純度のばらつきといった課題が積み重なり, 安定供給の確保は簡単ではありません.

私たちはこうした課題に対し, 微生物内に植物由来の二次代謝経路を再構築し, 微生物そのものを工場として設計しています. 特に, 経路を担う酵素群はモジュール化し、独立に動作する複数の誘導応答系を組合せ、遺伝子発現量とタイミングをきめ細かく調節可能な多入力制御を実装することで、代謝フラックスの最適化を実施しています。加えて、これらのモジュールはゲノムへ統合することで、コピー数のゆらぎやプラスミド喪失を抑え、連続培養下でも安定して働く経路へ磨き上げるプラグアンドプレイ型のシャーシ株を開発しています。

このアプローチにより、経路の再構築の過程で「どの酵素が律速になっているのか」「どの分岐を抑えると選択性が上がるのか」といった生合成経路の作動原理を抽出しています。私たちは、こうした基礎的な理解を土台に、安定供給や品質一貫性の実現、さらには未知の微生物資源や新規酵素の発見へと研究を広げ、社会実装と基礎探究の両面から前進させています。

Research Results

  1. Vavricka CJ and Takahashi S et al., Nature Communications, 13, 1405 (2022)
  2. Vavricka CJ, et al., Nature Communications, 10, 2015 (2019)

Press Release 

  1. 人工知能による酵素の発見:代謝のミッシングリンクを解読して医薬品を製造する
  2. “スマートセル”開発で医薬品原料の生産性向上に成功 ―微生物の代謝経路と酵素を計算科学でデザイン―

Microbial regulation by synthetic genetic circuits -人工遺伝子回路による微生物制御-

生命は, 長い進化の過程で驚くほど精巧かつ柔軟な制御システムを獲得してきました. 細胞内では多くの遺伝子が時間・量・場所を巧みに切り替えながら働き, 環境の変化に応答しています. 私たちは, この仕組みを理解するだけでなく, 目的に合わせて設計し直すことで, 微生物のふるまいを思いどおりに制御することを目指しています. その中核となる人工遺伝子回路は、環境や細胞状態を検知する「センサー」, 情報を計算する「ロジック」, そして目的の遺伝子発現・分泌・代謝を駆動する「アクチュエータ」から構成され, 細胞内で作動する「超小型の論理回路」といえます.

私たちの研究室では, プロモーター, RBS, 転写調節因子, クオラムセンシング素子, リコンビナーゼ, CRISPRiなどを組合せ、多入力・多段階の制御を設計します. ここでは単に動かすことに留まらず, 応答曲線(ダイナミックレンジ・しきい値), 時間応答(立ち上がり・減衰), ノイズ(細胞ごとのばらつき)といった基礎指標を一つひとつ定量化し, 単安定・二安定(メモリ)・発振(オシレータ)が生じる条件や安定性を設計則として抽出します. これらの回路はゲノムへの統合によってコピー数のゆらぎやプラスミド喪失を抑え, 長期培養やスケール変動に対しても一貫して作動するよう最適化しています.

このように, まずは「生命システムを意図どおりに制御できること」を基礎的に実証し, 「なぜその設計が機能するのか」という作動原理(設計則)を汎化します. そうして, 基礎と応用を往復しながら設計を洗練することで, 微生物をより信頼できる「ものづくりのプラットフォーム」へ高めていきます.

Research Results

  1. -

Synthetic Biology × Food Chemistry -合成生物学x食品化学による持続可能な食品製造プロセスの開発(共同研究)-

世界的な人口増加, 気候変動, そして限られた資源の枯渇といった問題が深刻化するなか, 食料供給の安定と持続可能性の確保は21世紀の大きな課題となっています. こうした状況で注目されているのが, 合成生物学の技術と食品化学の知見を統合し, 食品製造プロセスを根本から革新するというアプローチです. 合成生物学を活用して微生物を巧みにデザインすれば, 従来の農業や化学合成では実現が難しかった食品成分や代替タンパク質を効率よく生産できます. さらに, 食品化学との連携によって, 風味・食感・栄養価などを高度に制御し, 新しい食品の開発や既存食品の機能強化を図ることが可能になります.

私たちの研究室では, この先端的な手法を駆使し, より持続可能で豊かな食文化の実現に向けて研究を進めています. 特に, 発酵技術を応用した酵素による新たな食品加工技術の開発や、食品廃棄物を有用資源へと転換するプロセスの確立など、多角的なアプローチに取り組んでいます. これらの成果は, 食品産業のみならず, 地球規模で進む食料問題の解決や環境負荷の軽減にも大きく寄与すると期待しています.

Research Results

  1. 高橋俊介ら, 特願2023-205878
  2. 高橋俊介ら, 特願2022-119855
  3. Takahashi, S., et al., Food Chemistry: Molecular Sciences, 8, 100195 (2024)

DNA Manipulation and Single-Molecule Imaging/DNA操作と1分子イメージング技術の開発

ヒトゲノムプロジェクトにより, 私たちは膨大な遺伝子配列情報を手に入れました. しかし, それらの多くは「多数分子の平均的なふるまい」を示すデータであり, 個々の分子がどの順序で結合し, どのくらいの時間とどれほどの揺らぎを伴って反応するのかといった「1分子の軌跡」は, 十分に見えていません. 合成生物学で設計した要素が思いどおりに働くためには, この平均の背後にあるゆらぎやレアイベントまで理解することが重要になります.

私たちは、その理解に向けて1分子蛍光イメージングとDNA操作の技術を開発・統合しています. DNA複製や転写, タンパク質間の相互作用などを単一分子レベルで観察することで, 従来の実験手法では見過ごされがちだった微細な動きや瞬間的な変化を捉えることができます. こうした詳細なデータは, 生命現象の真のダイナミクスを理解するうえで欠かせないものであり, 新たな仮説の提案や技術開発の礎となっています.

Research Results

  1. Takahashi, S., et al., Analytical Biochemistry, 662, 115000 (2023)
  2. Takahashi, S., et al., Journal of Biomolecular Structure and Dynamics, 36, 32-44 (2018)
  3. Takahashi, S., et al., Analytical Chemistry, 87, 3490-3497 (2015)
  4. Takahashi, S., et al., Analytical Biochemistry, 457, 24-30 (2014)
  5. Takahashi, S., et al., Sensors, 14, 5174-5182 (2014)
  6. Takahashi, S., et al., Journal of Fluorescence, 23, 635-640 (2013)